りんざいしゅう ずいうんざん とうぜんじ
臨済宗 瑞雲山 東禅寺
●住 所:桐生市川内町1-369
●TEL:0277-65-6472  FAX:0277-65-6124
【本  山】 大本山建長寺
【本  尊】 阿弥陀如来 【開  山】 佛乗禅師
【開  基】 不詳 【開  創】 正中2年(1325年)
【住  職】 菅原泰祐 【徒  弟】 菅原朋樹
【徒  弟】 菅原伶亮
年中行事
◆1月1日 元朝祈祷
◆4月第三土曜日 大般若会
◆8月15日 施餓鬼会
◆彼岸会(秋分・春分の日)
◆写経会(毎月第四火曜日〈12・8月除〉)

 瑞雲山東禅寺寺宝
1.本尊阿弥陀如来座像
2.毘沙門天像(新田公寄進)
3.馬頭観世音像(伝弘法大師作)
4.釈迦涅槃図
5.弥陀三尊懸仏
6.東禅寺角塔「建武の碑」(市指定文化財)

 現在の群馬県世良田にある長楽寺は、その昔臨済禅の名刹であり、常に数多くの雲納、僧侶が参集し、修行伝道の大道場であった。時の長楽寺単寮より法を受けた南海宝州は上州小倉村に来錫し字釈迦堂に小庵を結び郷民の摂化伝道に勤め、後に当地に堂宇を建立し、縁師仏乗禅師を勧請し瑞雲山東禅寺を開創したのである。時に正中2年(1325年)3月であった。
 降って建武3年(1336年)新田義貞公は、出兵に当り園田七郎秀成の実子園田四郎左衛門尉秀澄を家臣に加え、一族の戦勝を祈念して東禅寺へ「毘沙門天像」を寄進し、寺領を奉納した。しかし武運つたなく建武5年(1338年)7月両者共に戦死した。市指定文化財「建武の碑」は、その供養塔と思われるものである。
更に降って天文、永禄年間は戦国の世となり、上杉・武田、及び桐生・由良両氏の交戦の戦禍に巻かれ総ては灰燼と化し、開創以来200余年の歴史的空白を生じたのである。
 当山2代喜伯慶公和尚は、東禅寺開創者の子孫の帰依を受け字吾妻沢に東禅寺を再興した。時に天正元年(1573年)11月1日であった。
 現存せる東禅寺本堂は、当山6代古岳浮公和尚の発願により、寛永8年(1631年)3月現在地へ移築したものである。宝永8年(1711年)当山10代蔭涼和尚の時、梵鐘も鋳造し鐘楼も建立して名実ともに臨済寺院としての形容も整えた。しかしこの梵鐘も第2次世界大戦の時応召され鐘楼のみ残された。現在の梵鐘は昭和48年に再鋳奉納されたものである。
 さて、平成に入り当山は、本堂・禅堂・庫裏の整備を行い、平成7年秋には大本山建長寺管長「吉田正道老大師」を始め多くの関係寺院の住職を拝請し、檀信徒の見守る中、落慶大法要を厳修した。

本堂

 
瑞雲閣
研修道場
観音浄苑
永代供養墓
も ど る
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